犬
すべてのイヌ(イエイヌ)は、オオカミ Canis lupus の亜種である Canis lupus familiaris に属する(古い分類では、種Canis familiaris とされていた)。したがって、人間によって作り出されたさまざまなイヌの品種(犬種)は、すべてイエイヌという亜種(ないし種)の中の、亜種よりさらに下位の分類階層である変種に過ぎない。ただし、同一亜種としては他に例を見ないほど、犬種間における形質差・多様性は著しい。イエイヌを亜種ではなく、オオカミとは独立した種とみなす古い分類では、それぞれの犬種は亜種とされていた。
世界のさまざまな地域の在来種まで含めると、約700-800の犬種があるといわれるが、現在、国際畜犬連盟(Fédération Cynologique Internationale、略称:FCI)では、339犬種を公認している。ジャパンケネルクラブ(JKC)では、そのうちの189犬種を公認・登録し、そのスタンダードを定めている(2009年6月時点、暫定公認犬種含む)。また、それらを生存目的や形態によって、10のグループに分けている(アメリカンケネルクラブでは7グループ)。
分類
属名 Canis、種小名 lupus はラテン語でそれぞれ「犬」「狼」の意。亜種名 familiaris はやはりラテン語で、「家庭に属する」といった意味になります。また、英語: familiar、フランス語: familier など「慣れ親しんだ」を意味する現代語の語源でもあります。
イヌはカール・フォン・リンネ(1758年)以来、伝統的に独立種 Canis familiaris とされてきたが、イヌをタイリクオオカミ (Canis lupus) の亜種の一つとする学説(1993年、D.E.Wilson and D.A.M.Reeder)が、現在では受容されつつあります。また、異説ではジャッカルから分化したとされ、イヌ科の始原的動物(最古の祖先)と考えられるへスペロキオン(イヌ科ヘスペロキオン亜科)は約3,800万年前(古第三紀始新世後期前半)、ミアキス科から分化し、北アメリカ大陸の平原地帯で誕生しました。この系統はその後、約2,300万年前(中新世)にはユーラシア大陸へ分布を拡げながらいっそうの進化を遂げてイヌ亜科の直接的祖先と目されるトマルクトゥスを生み出し、アフロ・ユーラシア大陸全域に適応放散し、そしてまた、アメリカ大陸にも移動して古い時代の種を一掃していったと考えられています。
広義の「イヌ」(後述)と区別して「イエイヌ」(英語名:domestic dog)とも言いますが、これは伝統的な学名 C. familiaris(家族の-犬)に対応した呼称です。
また、広義の「イヌ」は広くイヌ科に属する動物(イエイヌ、オオカミ、コヨーテ、ジャッカル、キツネ、タヌキ、ヤブイヌ、リカオンなど)の総称でもあるが、日本ではこちらの用法はあまり一般的ではなく、欧文翻訳の際、イヌ科動物を表す dogs や canine の訳語として当てられるときも「イヌ類」などとしてイエイヌと区別するのが普通です。以下では狭義のイヌ(ヤマイヌなどを除くイエイヌ)についてのみ解説いたします。
サモエド
イエイヌは人間の手によって作り出された動物群です。最も古くに家畜化されたと考えられる動物であり、現在も、ネコ Felis silvestris catus と並んで代表的なペットまたはコンパニオンアニマルとして、広く飼育され、親しまれています。
野生化したものを野犬(やけん、のいぬ)といい、日本語ではあたかも標準和名であるかのように片仮名で「ノイヌ」と表記されることも多いですが、分類学上は種や亜種としてイエイヌと区別される存在ではありません。
現在、ジャパンケネルクラブ (JKC) では、国際畜犬連盟 (FCI) が公認する331犬種を公認し、そのうち176犬種を登録してスタンダードを定めています。
世界全体では4億匹の犬がいると見積もられており、血液型は8種類にのぼります。
生態的・形態的特徴
イヌの属するイヌ科は、森林から開けた草原へと生活の場を移して追跡型の狩猟者となった食肉類のグループです。待ち伏せ・忍び寄り型の狩りに適応したネコ科の動物に対して、イヌ科の動物は、細長い四肢など、持久力重視の走行に適した体のつくりをしています。
また、イヌは古くから品種改良が繰り返されて、人工的に改良された品種には、自然界では極めて珍しい難産になるものも多く、品種によっては、出産時に帝王切開が必要不可欠となっているのも特徴です(主にブルドッグ)。
骨格
イヌの歩き方は、指で体を支える趾行(しこう)性で、肉球(4つの指球(趾球)と1つの掌球(蹠球))と爪が地面につきます。爪は先が尖っており、走るときにスパイクのような役割をしますが、ネコ科のものほど鋭くはありません。爪を狩りの道具とするものが多いネコ類とは異なり、イヌ科の動物は爪を引っ込めることができず、各指はほとんど広げることができません。ネコ類と同じく、第3指(中指)と第4指(薬指)の長さが同じです。後肢の第1指(親指に相当する)は退化して4本指の構造となっていますが、たまに後肢が5本指のイヌもいます(こうしたイヌの後肢の第1指「狼爪」と称する)。前肢は5本指の構造となっていますが、やはり、その第1指も地面には着きません。一部のマウンテンドッグは狼爪が二本あるものもあり、それは通常切除しません。
前肢はほとんど前後にしか動かず、鎖骨は失われています。逆に股関節は、靭帯による制約が少ないために、他の家畜類に比べて可動性が広く、後肢を頭を掻くのに用いたりし、また、雄は排尿時に高く持ち上げるが、陰茎の位置からして大型犬のほうが有利ではあるようです(雌はしゃがんで少し上げる)。反面、靭帯が少ないことは、しばしば股関節脱臼を起こす原因ともなっており、高齢犬・著しく体重が増えた犬・大型犬でその傾向が高いようです。
肋骨は13対で、ヒトより1対多く、走るのに必要な肺と心臓は、体のわりに大きく、心臓はネコ目(食肉目)の他のグループの動物と違って球形に近く、特に左心室が非常に大きいです。
尾は走行中の方向転換で舵として働くが、オオカミなどと比べると細く短くなっており、また、日本犬に多く見られるように巻き上がっているものがあるのは、筋肉の一部が退化して弱くなっているためです。
陰茎に陰茎骨を具えていることも特徴です。
歯
歯式は 3/3・1/1・4/4・2/3=42 で歯は42本(21対)あり、32本(16対)の歯をもつヒトや、28- 30本のネコと比べると、顎が長い分、歯の数も多くなっています。ヒトと比較すると、切歯が上下各3本、前臼歯(小臼歯)が各4本と多く、後臼歯(大臼歯)は上顎で2本(下顎は3本)と少なくなっています。イヌ亜目に共通の身体的特徴として、犬歯(牙)のほかに、裂肉歯と呼ばれる山型にとがった大きな臼歯が発達しています。この歯は鋏(はさみ)のようにして肉を切る働きを持ちます。裂肉歯は、上顎の第4前臼歯と、下顎の第1大臼歯です。食物はあまり咀嚼せずに呑み込んでしまいます。
消化器
イヌ科グループの他の動物と同様、イヌは基本的には肉食であるが、植物質を含むさまざまな食物にも、ある程度までは適応しています。消化管はそれほど長くないが、腸の長さが体長(頭胴長)の4- 4.5倍程度であるオオカミに対して、イヌのほうは5- 7倍と、いくらか長くなっており、これも植物質の消化に役立っています。肉食獣の中には盲腸をもたない種も存在しますが、イヌはそれほど大きくないものの5〜20cm程度の盲腸をもっています。
腺
イヌの耳下腺は、副交感神経性の強い刺激を受けると、ヒトの耳下腺の約10倍のスピードで唾液を分泌します。唾液は浅速呼吸(喘ぎ)により、口の粘膜と舌の表面から蒸散しますが、激しい運動のあとイヌが口を開け、舌を垂らしてさかんに喘いでいるのはこのためです。イヌの体には汗腺が少ないですが、この体温調節法は汗の蒸発による方法と同じくらい効果的であるようです。
肛門には肛門嚢(こうもんのう)と呼ばれる一対の分泌腺があり、縄張りのマーキングに使われるにおいの強い分泌液はここから出ています。ジャコウネコやハイエナのように外に直接開いてはおらず、細い導管で肛門付近に開口しています。なお、イヌが雨に濡れたときなどに特に匂う独特の体臭は、主に全身の皮脂腺の分泌物によるものです。
嗅覚
警察犬の遺留品捜査や災害救助犬の被災者探索等でよく知られるように、イヌの感覚のうち最も発達しているのは嗅覚であり、においで食べられるものかどうか、目の前にいる動物は敵か味方かなどを判断します。また、コミュニケーションの手段としても、ここはどのイヌの縄張りなのかや、相手の犬の尻のにおいを嗅ぐことで相手は雄か雌かなどを判断することでも嗅覚は用いられます。そのため、イヌにとっては嗅覚はなくてはならない存在となっています。
イヌの嗅覚はヒトの数千から数万倍とされますが、その能力は有香物質の種類によっても大きく異なり、酢酸の匂いなどはヒトの1億倍まで感知できるようです。嗅覚は鼻腔の嗅上皮にある嗅覚受容神経(嗅覚細胞)によって感受されますが、ヒトの嗅上皮が3〜4平方センチメートルなのに対し、イヌの嗅上皮は18〜150平方センチメートルもあります。嗅上皮の粘膜を覆う粘液層中に分布する「嗅毛」と呼ばれる線毛は、においを感覚受容器に導く働きをしますが、イヌの嗅毛は他の動物のそれより本数が多く、長いのが特徴です。嗅細胞の層も、ヒトでは一層であるのに対して、イヌでは数層になっており、ヒトの500万個に対し、2億5千万から30億個もあると推定されています。鼻腔の血管系もよく発達しており、ヒトが顔や声について特別な記憶力をもつように、イヌは匂いについての優れた記憶力をもっています。イヌを含む動物群の鼻先のいつも湿っている無毛の部分を「鼻鏡」と呼びますが、これもイヌのすぐれた嗅覚を保つのと同時に風の向きを探る働きをすると考えられています。
上述のようにイヌが嗅覚に優れた動物であることは事実ですが、ただし、他のさまざまな動物に比してイヌの嗅覚だけが特別に秀でているということではありません。イヌ同様に探索目的での使役が多いブタ(イノシシ類)も引けを取らないと考えられていますし、クマの研究者によればクマ類の嗅覚はイヌ(イエイヌ)の約7倍とされています。ゾウは嗅覚細胞の総量から言っても、能力においてイヌやクマを遥かに上回る動物として知られています。
聴覚
イヌは聴覚も比較的鋭い動物です。また、可聴周波数は 40-47,000 Hz とヒトの 20-20,000 Hz に比べて高音域で広い特性をもっています。超音波を発する笛である犬笛(約30,000 Hz)はこの性質を利用したものです。聴力においては、犬種による違いはほとんどみられません。
視覚
優れた動体視力を持っており、1秒間に30フレームを表示するテレビ画像などはコマ送りにしか見えません。一方、イヌの眼には、赤色に反応する錐状体の数が非常に少ないといわれ、明るいときには、赤色はほとんど見えていない可能性が高いのです。色の明暗は認識できるが、全色盲に近いと考えられています。信号機だけは識別できるとされていましたが、実はこれも灯火の点灯順序と人間の動きを関連づけて学習していたに過ぎない事が確認されています。
ネコやキツネの瞳孔が縦長であるのに対し、イヌの瞳孔は収縮しても丸いままです。
出産と成長
メスの発情周期は7〜8か月ですが、犬種により差があります。妊娠期間は50〜70日。3〜12子を一度に出産するため、乳房を左右に5対持っているのが一般的です。生誕6〜12か月目で成犬の大きさになり、その後、2〜3か月目で性熟します。
これはオオカミの2年に比べて早熟です。そして小型犬は成犬に達するのが早い分、性熟も早いです。
寿命
イヌは10歳になると老犬の域になり12歳から20歳程度まで生きます。ただし、犬種や生育環境によって異なり、基本的に大型犬のほうが小型犬よりも短命です。また、いわゆる座敷犬(家屋内に飼われている犬)よりも屋外で飼われている犬のほうが短命の傾向にあります。一般的には、純血種よりも雑種のほうが長命です。歳を取るスピードは若いほど早く成犬となってからは緩やかとなるため、生後1年までの間はおおむね3ヵ月、2〜3年目は8ヵ月、それ以降は小型犬は1年につきヒトの4歳程度分、大型犬は6歳程度分、歳を取ると考えるとよいです。
転じて、年単位で数年分に匹敵する急速に発達した科学技術(パソコン・携帯電話等)を指して「ドッグイヤー」と呼ぶことがある。2009年現在、ギネスブックにて「生存する世界最高齢のイヌ」と認定されているのは、アメリカ合衆国ニューヨーク州に暮らすダックスフントで、同年5月6日で21歳を迎えています。
社会性
イヌの特徴としてヒトと同じく社会性を持つ生き物であることが挙げられます。意思疎通をするための感情や表情も豊かで、褒める、認める、命令するなどの概念を持っています。ヒトに飼われているイヌは、人間の家族と自身を一つの群れの構成員と見なしていると考えられ、群れの中の上位者によく従い、その命令に忠実な行動を取ります。この習性のおかげでイヌは訓練が容易で、古くからヒトに飼われてきました。最古の家畜とする説が有力です。子犬を入手して飼う場合には、親犬の元での犬社会に対する社会化教育と新しい飼い主と家庭および周囲環境への馴化(じゅんか)との兼ね合いから、ほぼ6週齢から7週齢で親元より直接譲り受けるのが理想的とされています。
知能
品種によっては優れた学習能力を示します。他の犬に対して関心を示し、威嚇する行動を執る品種とそうでないものがあり、他の犬への関心の示し方、攻撃性は、躾(しつけ)によっても抑えることはある程度可能となっています。